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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)329号 判決 1999年12月22日

原告

株式会社鶴見製作所

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁護士

安田有三

小南明也

同弁理士

【B】

【C】

被告

株式会社荏原製作所

代表者代表取締役

【D】

訴訟代理人弁護士

福田親男

近藤惠嗣

主文

特許庁が、平成9年審判第19473号事件について、平成10年8月24日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

主文と同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

被告は、名称を「全周流型水中モータポンプ」とする特許第2131166号発明(以下「本件発明」という。)の特許権者である。

上記特許は、被告が、昭和63年11月15日(優先権主張・昭和63年2月8日)に出願した特許出願(特願昭63ー286923号、以下「原出願」という。)につき、平成4年6月29日にその一部を分割して新たな特許出願(特願平4ー170866号、以下「本件特許出願」という。)とし、平成7年6月14日の出願公告を経て、平成9年8月1日に設定登録がされたものである。

原告は、平成9年11月21日に被告を被請求人として、上記特許につき無効審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成9年審判第19473号事件として審理したうえ、平成10年8月24日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年10月3日、原告に送達された。

2  本件発明の要旨

全周流型水中モータポンプにおいて、ポンプケーシングを弾性体で構成し、剛性体からなる中間ケーシングの下面に、上記ポンプケーシングを貫通して延びる脚部を一体にして設け、該脚部のねじ部と螺合するボルトによって、底板と上記中間ケーシングとで上記ポンプケーシングを挟持するようにしたことを特徴とする全周流型水中モータポンプ。

3  審決の理由の要点

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本件発明が、原出願の願書に最初に添付した明細書又は図面(以下、同明細書を「原明細書」といい、同明細書及び図面を併せて「原明細書等」という。)に記載されておらず、その構成が原明細書等の記載から見て自明な事項でもないから、本件特許出願は、分割出願の要件を満たしておらず、その出願日は平成4年6月29日であるところ、本件発明は、特開平1ー301991号公報(以下「引用例」という。)に記載された発明と同一であるから、特許法29条1項3号により特許を受けることができないとの請求人(原告)の主張に対し、本件発明の構成は、原明細書等に記載された技術内容から見て記載してあったと認めることができる程度に自明な事項であり、本件特許出願は分割出願の要件をすべて満たしているから、その出願日は昭和63年11月15日とみなされ、引用例は本件特許出願の出願前に日本国内において頒布された刊行物ではなく、請求人が主張する理由及び提出した証拠方法によっては本件特許を無効とすることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

1  審決の理由中、本件発明の要旨の認定及び原明細書等の記載事項の認定(審決書5頁15行~11頁18行)は認める。

審決は、原明細書等に記載された技術事項を誤認して、本件発明の構成が、原明細書等に記載された技術内容から見て、そこに記載してあったと認めることができる程度に自明な事項であると誤って判断した(取消事由)結果、本件特許出願が分割出願の要件を満たし、その出願日が昭和63年11月15日とみなされることにより、引用例の記載に基づいて本件特許を無効とすることができないとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

2  取消事由

(1)  本件明細書には、「実施例」の項に、「本発明は、上記した実施例において一体化されたポンプケーシング11aと外胴11bとを、図3に示す従来例におけるように分離し、外胴11bを金属製とし、ポンプケーシング11aのみを弾性体で構成したものにも適用できることは勿論であり、」(甲第3号証5欄43~47行)との記載がある。これは、上記本件発明の要旨が、ポンプケーシングの構成について「弾性体で構成し」とのみ規定していることを受けて、本件発明が、全周流型水中モータポンプにおいて、ポンプケーシングと外胴とを分離し、外胴を金属製とし、ポンプケーシングのみを弾性体で構成するものを実施例として包含することを明らかにしたものである。

しかしながら、原明細書等には、ポンプケーシングと外胴とを一体化して弾性体で構成した全周流型水中モータポンプの発明しか記載されておらず、上記の実施例を含む本件発明は、原明細書等に記載された発明であるということはできないから、本件特許出願は、分割出願の要件を満たしていないものである。

しかるに、審決は、「原出願の原明細書等には、ポンプケーシングと外胴とがゴム等の弾性体によって一体化して構成された全周流型水中モータポンプについて記載されているが、全周流型水中モータポンプにおいて、ポンプケーシングと外胴とを分離し、外胴を金属製とし、ポンプケーシングのみを弾性体で構成し・・・たことについては明文の記載がない」(審決書12頁11行~13頁2行)としながら、「記載事項B(注、審決書6頁7行~8頁6行の原明細書等の記載事項Bを指す。)、すなわち、[発明が解決しようとする課題]の(ⅳ)項の記載は、上記したように第6図に示される薄い鉄板等からなる外胴4と、弾性体からなるポンプケーシング3と、剛性体からなる中間ケーシング9と、ポンプ台105とを具備した全周流型水中モータポンプにおいて中間ケーシング9、ポンプケーシング3及びポンプ台105の三者を締結するための従来技術の問題点すなわち、上記三者の芯合わせの困難性、締結手段の部品点数の増加、市販性のない特殊な締結手段の必要性等を提起するものであり、この問題点を解決するためには、例えば、記載事項D(注、審決書8頁16行~9頁7行の原明細書等の記載事項Dを指す。)、すなわち、[問題を解決するための手段]の(ⅳ)項の記載において、ポンプケーシングの上面を蓋する剛性体製中間ケーシングの下面に、上記ポンプケーシング部を貫通して延び適宜下部を細くした脚部を一体にして設け、該脚部のねじ部と螺合するボルトによって、ポンプケーシングの下面に当接されるポンプ台と中間ケーシングとでポンプケーシング部を挟持するように構成すれば充分であって、外胴を弾性体からなるポンプケーシングと一体化して構成する必要性がないことは明らかである」(審決書13頁3行~14頁4行)とし、「そのように構成すること(注、ポンプケーシングと外胴とを分離し、外胴を金属製とし、ポンプケーシングのみを弾性体で構成し、剛性体からなる中間ケーシングの下面に、上記ポンプケーシングを貫通して延びる脚部を一体にして設け、該脚部のねじ部と螺合するボルトによって、底板と上記中間ケーシングとで上記ポンプケーシングを挟持するように構成すること)は、原出願の原明細書等に記載された技術内容からみて記載してあったと認めることができる程度に自明な事項であるということができる」(同15頁2~5行)と判断して、本件特許出願が、分割出願の要件を満たすとしたものであり、該判断が誤りであることは明らかである。

(2)  すなわち、原明細書等には、「発明が解決すべき課題」として、従来例の全周流型水中モーターポンプにおいて、外胴を金属製として構成したことによる問題点及びポンプケーシングと外胴とを別部品で構成することによる問題点として、外力(衝撃)に弱い点等が記載されており、かつ、この課題の解決のための手段としては、ポンプケーシングと外胴を一体化して弾性体で構成することしか記載されていない。したがって、原出願に係る発明は、ポンプケーシングと外胴を一体化して弾性体で構成することを不可分とするもので、この構成なくしては成立しえないものである。

そうすると、全周流型水中モータポンプにおいて、ポンプケーシングと外胴とを分離して、外胴を金属製とし、ポンプケーシングのみを弾性体で構成するものを実施例として包含する本件発明が、原明細書等の記載事項の範囲を超えたものであることは明白である。

この点につき、審決は、上記のとおり、中間ケーシング、ポンプケーシング及びポンプ台の三者を締結するための従来技術の問題点(発明が解決しようとする課題(ⅳ))と、その解決手段を取り上げ、「外胴を弾性体からなるポンプケーシングと一体化して構成する必要性がない」とするが、分割出願の適否は、分割出願に係る発明が原明細書等の記載事項の範囲内にあるか否かによって決せられるべきであり、審決のいう「必要性がない」ことは、分割出願が適法であることの根拠とはなり得ないものである。上記のとおり、本件明細書には、本件発明が、ポンプケーシングと外胴とを分離し、外胴を金属製としてもよいことが記載されているが、原明細書等に記載された原出願に係る発明は、衝撃吸収のためにポンプケーシングと外胴を一体化して弾性体で構成したものであって、このような衝撃に弱いという課題の解決のための手段である衝撃の吸収を放棄するようなことは、原明細書等では予定されていなかったのであり、それが原明細書等において自明な事項ということはあり得ない。

のみならず、原明細書等には、原出願に係る発明の効果として、「中間ケーシングの下面にポンプケーシング部を貫通して延びる脚部を一体にして設けたことにより、中間ケーシング、ポンプケーシング(外胴)、ポンプ台の三者を締結する部品点数は少なくなり、組立て時の位置合せも容易になる」(審決書11頁14~18行)ことが記載されているが、この記載において、ポンプケーシングは外胴と一体化して弾性体で構成することを前提としているのであり、部品点数が少なくなることは、脚部を一体にして設けることのみの効果ではなく、ポンプケーシングを外胴と一体化することにより部品点数を削減することも含まれるものであって、衝撃の吸収とともに部品点数を少なくすることは、各々独立した効果ではなく一体の効果である。他方、本件発明の効果は、ポンプケーシングを中間ケーシングと底板とで締結することである。したがって、原出願に係る発明の効果と本件発明の効果とは、その技術的事項において全く異なるものである。

(3)  したがって、本件特許出願は、分割出願の要件を満たしていないものであるから、本件特許出願の出願日は、現実の出願日である平成4年6月29日であるというべきである。

第4  被告の反論の要点

1  審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。

2  取消事由について

(1)  原告の主張のうち、本件明細書の「実施例」の項に、「本発明は、上記した実施例において一体化されたポンプケーシング11aと外胴11bとを、図3に示す従来例におけるように分離し、外胴11bを金属製とし、ポンプケーシング11aのみを弾性体で構成したものにも適用できることは勿論であり、」(甲第3号証5欄43~47行)との記載があること、本件発明の要旨が、ポンプケーシングの構成について「弾性体で構成し」とのみ規定していること、本件発明が、全周流型水中モータポンプにおいて、ポンプケーシングと外胴とを分離し、外胴を金属製とし、ポンプケーシングのみを弾性体で構成するものを実施例として包含することは認める。

(2)  原明細書及び第2図には、全周流型水中モータポンプにおいて、ポンプケーシング部11aを弾性体で構成し、剛性体からなる中間ケーシング12の下面に、ポンプケーシング部11aを貫通して延びる脚部12aを一体にして設け、該脚部12aのねじ部と螺合するボルト16によって、底板15と中間ケーシング12とでポンプケーシング部11aを挟持するようにした構成、すなわち上記本件発明の要旨に規定された本件発明の構成が記載されている。

また、原明細書の「発明が解決しようとする課題(ⅳ)」(甲第2号証の1第2頁右下欄末行~3頁右上欄12行)には、金属板等からなる外胴4と、弾性体からなるポンプケーシング3と、剛性体からなる中間ケーシング9と、ポンプ台105とを備えた全周流型水中モータポンプにおいて、中間ケーシング9、ポンプケーシング3及びポンプ台105を締結するための従来技術の問題点が記載されているところ、本件発明は、該従来技術の問題点を解決することを技術課題とするものであって、この技術課題は上記のように原明細書等に明確に記載されているものである。

そして、上記従来技術の問題点は、弾性体からなるポンプケーシングと、剛性体からなる中間ケーシングと、ポンプ台の三者の締結に関連して生じるものであって、ポンプケーシングの上方にある外胴との関連性は全くない。この問題点は、ポンプケーシングが弾性体であれば存在するものであって、外胴をポンプケーシングと一体化して弾性体で構成するか、外胴をポンプケーシングと別体として金属製にするかを問わないものであり、そのことは、当該技術分野における技術常識に照らして自明なことである。

また、原明細書の「発明の効果(ⅷ)」(甲第2号証の1第6頁右下欄9~13行)には、中間ケーシングの下面に、ポンプケーシング部を貫通して延びる脚部を一体にして設けたことによる、中間ケーシング、ポンプケーシング及びポンプ台を締結する部品点数が少なくなり、組立時の位置合わせが容易になる効果が記載されているが、この効果は、本件発明の奏する効果と同じものである。なお、原明細書の該箇所には「ポンプケーシング(外胴)」と記載されているが、この効果が、ポンプケーシングと外胴とが別体の場合にも実現できることは当業者にとって自明のことである。

以上のように、発明の構成、目的(解決すべき課題)及び効果のいずれの点からみても、本件発明は、原明細書等に記載された発明であって、分割出願についてのこの点の要件を満たしていることは明らかである。

(3)  原告は、原出願に係る発明が、ポンプケーシングと外胴を一体化して弾性体で構成することを不可分とするものであり、ポンプケーシングと外胴とを分離し、外胴を金属製とするものが含まれるとすることは、原明細書等の記載事項の範囲を超えたものであると主張する。

確かに、原明細書等には、上記構成の全周流型水中モータポンプにおいて、ポンプケーシングと外胴とを分離し、外胴を金属製とし、ポンプケーシングのみを弾性体で構成したものが実施例として記載されてはいない。しかしながら、明細書の詳細な説明には、当該発明に属するすべての可能な実施例を具体的に記載しなければならないものではなく、当業者が当該発明を容易に実施できる程度に、発明の目的、構成及び効果を記載していれば足りるものである。そして、原明細書等には、外胴がポンプケーシングとは別体の金属製のものであっても、その発明を実施できることが実質的に記載されているのである。

すなわち、原明細書等に接した当業者は、外胴がポンプケーシングと一体化した弾性体のものであっても、ポンプケーシングとは別体の金属製のものであっても、上記従来技術の問題点が存在し、上記中間ケーシングの下面に、ポンプケーシング部を貫通して延びる脚部を一体にして設ける構成によってその課題の解決の効果を奏することが容易に理解できる。例えば、原明細書においては、ポンプケーシングは弾性体製であるが、外胴が弾性体製ではない従来例に基づいて、スペーサ等の作用についての説明があるから、当業者は、該「ポンプケーシングを貫通して延びる脚部」の作用がスペーサ等と同様の目的を有するものであること、したがって、ポンプケーシングが弾性体製であることを前提とするが、外胴とポンプケーシングとを一体として弾性体で構成することをも前提とするものではないことを容易に理解できるのである。

そもそも、原明細書等には、外胴とポンプケーシングが一体となって弾性体で構成される発明(以下「原第1発明」という。)だけでなく、剛性体の中間ケーシングの下面にこれと一体となった脚部を設ける発明(本件特許出願によって分割された本件発明である。以下「原第2発明」という。)も記載されていたものである。原告の上記主張は、原明細書に記載された発明の説明に基づくものであるが、分割出願は、原明細書が対象としている発明とは異なった発明についてなされるものであるから、原明細書における発明についての説明が、分割出願の対象となる発明については当てはまらない場合もあり得るものである。

そして、原明細書等の第2図に係る実施例は、原第1発明の実施例であると同時に、原第2発明の実施例でもある。しかし、当業者は、同実施例の脚部12aに代えて同第9図の(a)、(b)、(c)のいずれかの構成を採用することも可能であることを容易に理解できるし、反対に、同第9図(外胴がポンプケーシングと一体に弾性体で構成されていることは予定されていない。)の(a)、(b)、(c)の構成に代えて同第2図の脚部12aの構成を採用することが可能であることも容易に理解できる。したがって、原第1発明と原第2発明とを必然的に同時に実施しなければならないものではないことは当業者に自明であって、原明細書において、第2図以外に原第2発明(本件発明)の実施例がないからといって、本件発明の実施態様が同図に示された態様、すなわち、外胴とポンプケーシングを一体とした態様に限定されると解する理由はない。

(5)  したがって、原告主張の取消事由は誤りである。

第5  当裁判所の判断

1  取消事由について

(1)  前示本件発明の要旨と、本件明細書(甲第3号証)の「発明が解決しようとする課題」(同号証3欄19行~4欄3行)、「作用」(同4欄13~21行)及び「発明の効果」(同6欄17~23行)の各記載とによれば、全周流型水中モータポンプにつき、従来は、弾性体製ポンプケーシングの上面及び下面を剛性体製の中間ケーシングとポンプ台とによって挟み込み、スペーサを介して、下方から通しボルトによって締結していたので、これらを締結するための部品点数が多くなり、しかも中間ケーシング、ポンプケーシング及びポンプ台の位置合わせが困難であるという問題点があったため、本件発明は、この問題点を解決することを課題とし、前示本件発明の要旨に規定した構成を採用し、これによって少ない部品点数で芯合せが容易に行われるとともに、弾性体製ポンプケーシングの内圧に対する強度が補強される効果を奏するようにしたものであることが認められる。

そして、本件明細書の「実施例」の項に、「本発明は、上記した実施例において一体化されたポンプケーシング11aと外胴11bとを、図3に示す従来例におけるように分離し、外胴11bを金属製とし、ポンプケーシング11aのみを弾性体で構成したものにも適用できることは勿論であり、」との記載があり、本件発明が、全周流型水中モータポンプにおいて、ポンプケーシングと外胴とを分離し、外胴を金属製とし、ポンプケーシングのみを弾性体で構成するものを実施例として包含することは当事者間に争いがない。

(2)  他方、原明細書(甲第2号証の1)の特許請求の範囲には、「ゴム等の弾性体からなる外胴と一体化して構成された同材質のポンプケーシングの上面を、剛性体からなる中間ケーシングで蓋し、該中間ケーシングの下面に、上記ポンプケーシング部を貫通して延びる脚部を一体にして設け、該脚部のねじ部と螺合するボルトによって、ポンプケーシング部の下面に当接されるポンプ台と上記中間ケーシングとでポンプケーシング部を挟持するようにしたことを特徴とする請求項2記載の弾性材料製全周流型水中モータポンプ。」(請求項5、審決記載事項A)との記載があり、また、その発明の詳細な説明には、次の各記載がある(前示記載及び次の各記載中、審決記載事項A、B、C、E、F、G、Hは、審決(審決書6頁15行~11頁18行)が同一符号によって認定した原明細書等の記載であり、原明細書等に該各記載があることは当事者間に争いがない。)。

(イ) 「発明が解決しようとする課題」として、「従来の全周流型水中モータポンプ(第5図、第6図)は、ポンプケーシング3と外胴4とが別構造となっており、且つ軽量化のために該外胴4は薄い鉄板等で構成されていた。」(審決記載事項B)、「ところが、(ⅰ)可搬時などの衝撃等の外力による変形を防止しなければならず、そのため余り薄く出来ない。しかし現実的には、軽量化が優先するので薄くなり、そのため外力に弱いという問題点があった。また、(ⅱ)ポンプケーシング3と外胴4とが別部品で構成されているため、構造的にも複雑になり、材質の比重量と相俟って重くなるという問題点があった。」(甲第2号証の1第2頁左下欄13行~右下欄1行)、「(ⅳ)芯金3aで補強された弾性体製のポンプケーシング3の上面を、剛性体製の中間ケーシング9によって蓋するようにした従来例(第6図)においては、これらの両者はボルト102によって締結されているが、該弾性体製ポンプケーシング3の底部に、ポンプ台105を取付けるようにしたものでは、第9図(a)に示すように、弾性体製ポンプケーシング3の上面及び下面を剛性体製中間ケーシング9と同ポンプ台105とによって挟み込み、弾性体製ポンプケーシング3の締め代を規定するスペーサ106を介して、下方から通しボルト102aによって締結されることになる。ところが、この場合、部品点数が多くなり、しかも中間ケーシング9、ポンプケーシング3及びポンプ台105の位置合せが困難であるという問題点が生じる。また、第9図(b)に示すように、中間ケーシング9とポンプ台105との間に弾性体製ポンプケーシングの締め代を規定するスペーサ106を介し、予め中間ケーシング9に植込んだボルト102bを通して下からナット102dで締結する場合には、中間ケーシング9、ポンプケーシング3及びポンプ台105の位置合せは容易となるが、部品点数が上記した同図(a)の場合よりも更に多くなるという問題点が生じる。また、第9図(c)に示すように、弾性体製ポンプケーシング3の締め代を規定する特殊両ねじボルト102cを予め中間ケーシング9に植込んでおき、ポンプケーシング3、ポンプ台105を通して下からナット102dで締結する場合にも、部品点数は少なく、位置合せも容易であるが、市販性のない特殊なボルト102cを使用しなければならないという問題点が生じる。」(審決記載事項B)、「本発明は、(ⅰ)外力を弾性体の変形で吸収させるようにした全周流型水中モータポンプを提供することを目的とし、更に、(ⅱ)構造を単純化すると共に、外力を弾性体の変形で吸収させるようにし、且つ軽量化を可能とした全周流型水中モータポンプを提供することを目的とし、」(同号証3頁左下欄3~9行)、「更に、(ⅳ)弾性体外胴と一体の同材質のポンプケーシング部と、中間ケーシング及びポンプ台の三者を締結するために、部品点数が少なく且つ位置合わせを容易にした締結手段を備えた全周流型水中モータポンプを提供することを目的としている。」(審決記載事項C)との記載

(ロ) 「作用」として、「本発明では、(ⅰ)外胴が弾性体で形成され、上部側及び下部側がそれぞれ剛性部材で押えられているので、該外胴は、円周方向へ自由に変形でき、従って、可搬時などに受ける衝撃等の外力を弾性体の変形で吸収される。また、(ⅱ)ポンプケーシングと外胴とが弾性体で一体化して構成され、且つ弾性体の上下両部が剛性体部材で押えられているので、該外胴は円周方向へ自由に変形でき、従って、可搬時等に受ける衝撃等による外力をも吸収することができる。」(同号証4頁右上欄8~18行)、「(ⅳ)剛性体製中間ケーシングの下面に適宜下部を細くした脚部を体にして設けているので、該脚部のねじ部と螺合するボルトによって弾性体製外胴と一体のポンプケーシングを中間ケーシングとポンプ台とで締結するとき、少ない部品点数で芯合せが容易に行われる。」(審決記載事項E)との記載

(ハ) 「実施例」として、「第1図は、本発明の第1実施例を示す全周流型水中モータポンプの縦断面図である。図において、ポンプケーシング部11aと外胴11bとは一体化され、ゴム等の弾性体11で構成され、ポンプケーシング部11aの上面は、剛性体からなる中間ケーシング12によって蓋されており、内部に羽根車13が内蔵されている。・・・ポンプケーシング部11aと外胴部11bとが弾性体で一体化して構成され、且つ該弾性体の上下両部が剛性体部材で押さえられているので、該外胴部11bは円周方向へ自由に変形でき、従って、可搬時等に受ける衝撃等による外力が有効に吸収される。またこれに伴い、内部構造部品がプラスチック等の軽量材を薄肉で使用できるので、弾性体材料の比重量が金属材料に比して軽いことと相俟って、重量が軽減される。」(同号証4頁右下欄5行~5頁右上欄7行)、「第2図は、本発明の第2実施例を示す全周流型水中モータポンプの縦断面図であり、図中、第1図に記載した符号と同一の符号は同一ないし同類部分を示すものとする。この実施例では、ポンプケーシング部11aと外胴11bとは一体化されて、ゴム等の弾性体11で構成され、ポンプケーシング部11aの上面は、中間ケーシング12によって蓋されており、内部に羽根車13が内蔵されている点で第1実施例と変りはない。しかし、上記弾性体からなるポンプケーシング部11aの下面部には、液体が吸込まれる流体通路14を隔てて、剛性体からなる底板(ポンプ台)15が当接され(押えられ)、中間ケーシング12の下面には、上記ポンプケーシング部11aを貫通して延び且つ下部になる程細く形成された脚部12aが一体にして設けられ、該脚部12aの内側ねじ部と螺合するボルト16によって、中間ケーシング12と底板15とでポンプケーシング部11aを挟むようにして締結されている。」(審決記載事項F)、「また、中間ケーシングの下面に下部を細く形成した脚部12aを一体に設けているので、該脚部12aの内側ねじ部と螺合するボルト16によって、ポンプケーシング部11aを中間ケーシング12と底板(ポンプ台)15とで締結するとき、芯合せが容易に行われ、且つ部品点数が少なくて済む。」(審決記載事項G)との記載

(ニ) 「発明の効果」として、「(ⅰ)外胴を弾性体で構成し、上部側と下部側をそれぞれ剛性部材で押えるようにしたことにより、該外胴は円周方向へ自由に変形することができ、従って、可搬時などに受ける衝撃等による外力を吸収して、外力に強くなり、取扱いも容易になる。(ⅱ)ポンプケーシングと外胴とを弾性体で一体的に構成したことにより、部品点数が少なくなり、従って構造が極めて単純化され、組立・分解が容易になる。(ⅲ)外力を最も受け易い部分の殆んどが弾性体で構成されているので、内部構造部品を、プラスチック等の軽量材を薄肉で使用することが可能となり、従って、弾性体材料の比重量が金属材料に比べて軽いことと相俟って、重量を極めて軽くすることができる。」(同号証6頁右上欄19行~左下欄13行)、「(ⅷ)中間ケーシングの下面にポンプケーシング部を貫通して延びる脚部を一体にして設けたことにより、中間ケーシング、ポンプケーシング(外胴)、ポンプ台の三者を締結する部品点数は少なくなり、組立て時の位置合せも容易になる。」(審決記載事項H)との記載

(3)  ところで、原明細書等には、ポンプケーシングと外胴とを分離して外胴を金属製とし、ポンプケーシングのみを弾性体で構成して、剛性体からなる中間ケーシングの下面に、上記ポンプケーシングを貫通して延びる脚部を一体にして設け、該脚部のねじ部と螺合するボルトによって、底板と上記中間ケーシングとで上記ポンプケーシングを挟持するようにした全周流型水中モータポンプについては全く記載がない。

それのみならず、前示各記載のとおり、原明細書には、原発明が解決すべき課題が、ポンプケーシングと外胴とが別構造で、外胴が薄い鉄板等で構成されており、弾性体製のポンプケーシングの上面を、剛性体製の中間ケーシングによって蓋するようにし、これらの両者がボルトによって締結される従来例の全周流型水中モータポンプ(第6図に記載されたもの)において、外胴が薄い金属製のため衝撃等の外力に弱く、ポンプケーシングと外胴とが別部品で構成されているため構造が複雑で重量が重くなるとともに、弾性体製ポンプケーシングの上面及び下面を剛性体製の中間ケーシングとポンプ台とによって挟み込み、スペーサを介して、下方から通しボルトによって締結する構成であるため、上記3者を締結するために部品点数が多くなり、しかも中間ケーシング、ポンプケーシング及びポンプ台の位置合せが困難であるという問題点であること、原発明の奏する作用効果が、外胴を弾性体とし、弾性体ポンプケーシングと一体に構成したことにより、外胴が衝撃等による外力を吸収して外力に強くなり、構造が単純化され、重量を軽くすることができるとともに、中間ケーシングの下面にポンプケーシング部を貫通して延びる脚部を一体にして設けたことにより、中間ケーシング、ポンプケーシング、ポンプ台の3者の芯合せが容易で、部品点数が少なくて済むことであることが、それぞれ記載されており、「実施例」の項においても、ポンプケーシング部と外胴とが一体化されて、ゴム等の弾性体で構成され、ポンプケーシング部の上面は、中間ケーシングによって蓋されており、中間ケーシングの下面に、ポンプケーシング部を貫通して延びる脚部を一体にして設け、該脚部の内側ねじ部と螺合するボルトによって、中間ケーシングと底板とでポンプケーシング部を挟むようにして締結するようにした全周流型水中モータポンプ(第2図に記載のもの)が示されて、ポンプケーシングと外胴とを一体化して弾性体製としたために衝撃等による外力が有効に吸収され、重量が軽減されるとともに、中間ケーシングの下面に脚部を一体に設けているので、ポンプケーシング部、中間ケーシング、底板の3者の芯合せが容易に行われ、かつ、部品点数が少なくて済むことが開示されている。

そして、このことによれば、原明細書等に開示された、剛性体製の中間ケーシングの下面に、弾性体製のポンプケーシングを貫通して延びる脚部を一体にして設け、該脚部のねじ部と螺合するボルトによって、底板と上記中間ケーシングとで上記ポンプケーシングを挟持するようにした構成を有する全周流型水中モータポンプは、ポンプケーシングと外胴とを一体化して弾性体で構成し、外力に強く、重量が軽くなる等の作用効果を奏するものであることを前提としており、これらを総合した全体的構成に、その発明としての技術的意義があるものと認めるのが相当である。

(4)  審決は、「記載事項B(注、審決書6頁7行~8頁6行の原明細書等の記載事項Bを指す。)、すなわち、[発明が解決しようとする課題]の(ⅳ)項の記載は、上記したように第6図に示される薄い鉄板等からなる外胴4と、弾性体からなるポンプケーシング3と、剛性体からなる中間ケーシング9と、ポンプ台105とを具備した全周流型水中モータポンプにおいて中間ケーシング9、ポンプケーシング3及びポンプ台105の三者を締結するための従来技術の問題点すなわち、上記三者の芯合わせの困難性、締結手段の部品点数の増加、市販性のない特殊な締結手段の必要性等を提起するものであり、この問題点を解決するためには、例えば、記載事項D(注、審決書8頁16行~9頁7行の原明細書等の記載事項Dを指す。)、すなわち、[問題を解決するための手段]の(ⅳ)項の記載において、ポンプケーシングの上面を蓋する剛性体製中間ケーシングの下面に、上記ポンプケーシング部を貫通して延び適宜下部を細くした脚部を一体にして設け、該脚部のねじ部と螺合するボルトによって、ポンプケーシングの下面に当接されるポンプ台と中間ケーシングとでポンプケーシング部を挟持するように構成すれば充分であって、外胴を弾性体からなるポンプケーシングと一体化して構成する必要性がないことは明らかである」(審決書13頁3行~14頁4行)、「そのように構成すること(注、ポンプケーシングと外胴とを分離し、外胴を金属製とし、ポンプケーシングのみを弾性体で構成し、剛性体からなる中間ケーシングの下面に、上記ポンプケーシングを貫通して延びる脚部を一体にして設け、該脚部のねじ部と螺合するボルトによって、底板と上記中間ケーシングとで上記ポンプケーシングを挟持するように構成すること)は、原出願の原明細書等に記載された技術内容からみて記載してあったと認めることができる程度に自明な事項であるということができる」(同15頁2~5行)と判断したところ、被告は、該審決の判断に沿った主張をしたうえ、原明細書に、ポンプケーシングは弾性体製であるが、外胴が弾性体製ではない従来例に基づいて、スペーサ等の作用についての説明があるから、当業者は、該「ポンプケーシングを貫通して延びる脚部」の作用がスペーサ等と同様の目的を有するものであること、したがって、ポンプケーシングが弾性体製であることを前提とするが、外胴とポンプケーシングとを一体として弾性体で構成することをも前提とするものではないことを容易に理解できると主張する。

しかしながら、前示(2)の原明細書の各記載によれば、原明細書は、従来例に係る全周流型水中モータポンプとして、外胴が金属製でポンプケーシングが弾性体製であるもの(第5、第6図に記載されたもの)を挙げ、外胴が金属製の形態であることに起因する外力に弱いという問題点を解決することを明細書全体を通じて共通の課題にし、ポンプケーシングと外胴とを一体化して弾性体で構成することを課題解決に係る特徴的な構成として、この構成を前提に、発明の説明及び実施例の説明がなされているものと認められ、したがって、前示(3)のとおり、原明細書等に開示された、剛性体製の中間ケーシングの下面に、弾性体製のポンプケーシングを貫通して延びる脚部を一体にして設け、該脚部のねじ部と螺合するボルトによって、底板と上記中間ケーシングとで上記ポンプケーシングを挟持するようにした構成を有する全周流型水中モータポンプは、ポンプケーシングと外胴とを一体化して弾性体で構成し、外力に強く、重量が軽くなる等の作用効果を奏するものであることを前提とするものであることが認められる。

そうすると、かかる原明細書の記載を離れて、ポンプケーシングを貫通して延びる脚部を設けてポンプケーシング部を中間ケーシングと底板とで挟持する構成及びその作用効果が、ポンプケーシングと外胴とを一体化して弾性体で構成することから独立であると解することはできないし、また、原明細書等からして、そのように解すべき根拠も認められない。

したがって、前示審決の判断及びこれに沿った被告の主張は誤りであるといわざるを得ない。

被告は、また、原明細書等に、外胴とポンプケーシングが一体となって弾性体で構成される原第1発明だけでなく、剛性体の中間ケーシングの下面にこれと一体となった脚部を設ける原第2発明も記載されていたとし、原第1発明と原第2発明とを必然的に同時に実施しなければならないものではないことは自明であり、本件発明の実施態様が、外胴とポンプケーシングを一体とした態様に限定されると解する理由はないと主張するが、前示のとおりであるから、かかる主張も、原明細書等に、原第1発明から独立した原第2発明が記載されていたことを前提とする点において失当である。

(5)  しかして、本件明細書の「実施例」の項に「本発明は、上記した実施例において一体化されたポンプケーシング11aと外胴11bとを、図3に示す従来例におけるように分離し、外胴11bを金属製とし、ポンプケーシング11aのみを弾性体で構成したものにも適用できることは勿論であり、」との記載があり、本件発明が、全周流型水中モータポンプにおいて、ポンプケーシングと外胴とを分離し、外胴を金属製とし、ポンプケーシングのみを弾性体で構成するものを実施例として包含することは、前示(1)のとおりである。

そうすると、本件発明は、原明細書等に全く開示されておらず、自明でもないものを含むものであって、本件特許出願は、分割出願の要件を満たしていないものであるから、本件特許出願の出願日は、現実の出願日である平成4年6月29日であるというべきである。

したがって、審決が、本件特許出願の出願日が昭和63年11月15日とみなされることにより、引用例が本件特許出願の出願前に日本国内において頒布された刊行物ではないとしたことは誤りであり、この瑕疵が審決の結論に影響を及ぼし得ることは明らかである。

2  以上によれば、原告の本訴請求は理由があるので、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

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